【国立公園で日本初のMTBトレイル!】「誰かのホームトレイルになれたら」 山口謙さんインタビュー
毎日景色が変わる紅葉の季節。はじめて足を運んだ長野県の乗鞍高原は静寂につつまれていた。
風の音、山道を歩くと聞こえる葉のこすれ合い、川を流れる水の音。熊に注意の看板にすこし驚きながらも、秋が深まる白樺の道をあるく。そこには、マウンテンバイクトレイルの看板が立っていた。
2021年10月。国立公園では国内初の、マウンテンバイクが走行できるパブリックトレイルが誕生した。
のりくらコミュニティマウンテンバイクトレイル(NCMT:Norikura Community Mountain bike Trais)の完成までにかかった年数は、構想から含めるとおよそ14年。
立上げ当初から携わってきた、のりくら観光協会企画宣伝部 部長/株式会社ノーススター 代表の山口謙さんに話をうかがった。
山口 謙
長野県乗鞍高原にてロッジとアウトドアスクールとコンドミニアムを運営する「NORTHSTAR」の代表を務める。夏はMTBガイド&インストラクター、冬はバックカントリーガイド&スノーボードインストラクターとして乗鞍高原を中心に活動。
HP:https://www.ridenorthstar.com
Instagram:@ridenorthstar/
「マウンテンバイク」文化が根付いていない日本
わたしが乗鞍高原に引越してきたのは、2007年でした。
もともとマウンテンバイク(以下MTB)が大好きだったこともあり、「ノーススター」で既にMTBガイドツアーを行っていると知ったときは嬉しかったですね。
ですが、当時は地権者の方や行政等ともきちんとしたやりとりができていなくて、ルールなども公なものではなかったんです。これは「ノーススター」だけではなく日本国内でよくあることでした。
というのも、MTBは国内ではあまりスポーツとして認知されていないのが現状で、どこでどうやって楽しめるかも一般にはあまり知られていないんです。公に走れる山道(=トレイル)というものは国内には皆無に等しく、山にトレイルがあったとしてもそこは個人や自治体、行政が所有する土地となると、当然その地権者に使用許可をとる必要が出てきます。
有名なトレイルでも、地権者との話ができておらずトラブルになり、利用禁止になったケースも多いですし、国内では本当にMTBトレイルが少ない。
海外では「MTBツーリズム」の言葉がメジャーになっているのに比べて、日本ではまだMTBの文化が根付いていないんですよね。
自分がノーススターに加入して乗鞍でのMTBガイドツアーが広がっていくにつれ、地元の方々や地権者の方がとの了解や利用許可などが取れていない状況が浮き彫りになり、そのひとつひとつに取り組んでいく内に「パブリックトレイル」という方向性が見えてきました。
パブリックトレイルを作ることで、MTBを気軽に楽しめる場所が乗鞍にあるんだと広く知ってもらい、地域の観光振興にも繋がればと思っていました。また同時になかなか走る場所が無い、MTBを普及できたらいいなという思いも持つようになりました。
国立公園では日本初。MTBパブリックトレイルが誕生するまで
プロジェクトがスタートしたのが、2007年の夏頃ですね。
パブリックトレイルを作るにあたり、まず話をしないといけなかったのが土地の所有者の方々です。乗鞍では大野川区の方ともう10年以上は話をしてきました。当時の区長にも度々怒られたりもしましたが(笑)。環境省の事務所にも案内していただきましたね。
ただ、環境省はMTBトレイルに対しては渋い回答ばかりで…。2014年には、のりくら観光協会内にトレイル研究会が誕生し、地道にMTBトレイルの整備やマナーやルール化などの設計を進めていきました。
転機があったのは2018年。環境省が長期滞在を目的としたインバウンド制作「国立公園満喫プロジェクト」を発表しました。
ここから環境省もポジティブな動きに変わったんです。予算があまり出なくてもクラウドファンディングでの資金調達を考えていました。その後コロナ禍になってしまい、計画が頓挫するかと思ったところにコロナ後の誘客を見据えた環境省の補助金を取得することができ、逆に計画を大幅に進めることができました。
「地域の人が何を欲しているのか」をまず考える
乗鞍高原にはMTBで走るのには最高なトレイルが点在しているものの、地域とのつながりもなく、MTBでトレイルを走るということの理解を関係者の方々から得るのが本当に大変でした。
自分の思いばっかりを語っていて、交渉がうまくいかなかった時期もありましたね。地権者をはじめ地域の方にも納得してもらおうととにかく必死で、話し合いを重ね少しずつ信頼を積み上げてきました。
地域の方と話をしている中で、ふと気がついたんです。観光振興のためにもっとこうした方がいい、これを使ったらもっとうまくいくのに、と一方的にアイデアを伝えてしまっていたな、と。
そうではなく、「乗鞍の人が何を欲しているのか」「その上で自分には何ができるのか」を考えることが大事なんだと、ようやく気づけたことが転機になったと思います。
やりたい気持ちだけではなく、地域の理解とともに一体になって進めてこれたことが、パブリックトレイルの誕生につながったのだと思います。
歯車が回りだした気がします。長い年月がかかりましたが、やっとここからはじまります。可能性に満ちあふれている乗鞍でやりたいことはまだまだありますね。
自然を守りたいからこそ、マウンテンバイク文化を広めたい
乗鞍高原の大自然の中でトレイルを楽しんでもらうと、この自然を守っていきたい、トレイルを整えていきたい。そんな風に感じてくれる人がきっと増えるんじゃないかなと思っています。
実際、自然の中で走る気持ちよさを知っているマウンテンバイカーたちは、自然やトレイルを守りながら走りたいと思っている人たちが多いんです。
今後はコースを走るだけではなく、地域の人、参加者の方と一緒にトレイルを整備して、共創していきたいと思っています。
そうすることで、ただ楽しむだけではなく、自然保護を意識しながらの走行に変わったり、「この道、もう少し整備したほうがいいな」と、無意識が意識に変わったり、更には愛着がわいて乗鞍に住んでみたいな、といった気持ちが生まれるかもしれません。
再びこの乗鞍高原に戻ってきてもらい、乗鞍のトレイルを「ホームトレイル」だと感じてもらえるようなコミュニティ作りをしたいですね。
トレイルの利用者が増えれば、自然、環境について考えることが増え、アクションを起こし自ずと環境保護につながると思っています。
そして、のりくらコミュニティマウンテンバイクトレイルが、MTB文化認知拡大のきっかけになれば、とても嬉しいですね。
十数年乗鞍に住んでいますが、ここでのライフスタイルがとてもたのしいんですよ。夏も冬もMTBトレイルやバックカントリーに行って、一日かけずに半日でアウトドアスポーツを満喫できる。
朝は早起きして、山の色を変える朝日を眺めにいき、移り変わる大自然の中でMTBに乗ってアクティブに楽しみ、午後からは仕事をして遊び疲れたら温泉につかったり。ワーケーションにもいいなと思うのでフリーランスの方にもいずれは来ていただきたいですね。
そして、乗鞍高原はいい意味でなにもない場所です。コンビニもカフェないし、飲食店も多くない。けれどそういった「不便益」を楽しんでくれる人、あとは登山ガイドの方にもぜひ来ていただきたいですね。
課題はイメージと現実のギャップを埋めること
まずは、乗鞍の地域全体でトレイルに興味を持つ人が増えるとうれしいなと思っています。
例えば、休みの日に子供のためのMTBのトレイル教室を開いてみるとか、地域の人たちも巻き込んで何かできたらいいなと考えています。今、冬にはスキー教室が開催されているのですが、それの夏バージョンができたら最高ですね。
MTBの認知に関しても、イメージと現実とのギャップが大きいことも課題です。サイクリングを想像して参加してみたら、想像と違った……!という事例が現に起こっています。
砂利道や林道を走る文化が日本ではあまりないので、イメージと現実がかけ離れてしまうんですよね。パブリックトレイルのスタートにより、MTBのあり方が正しく知られ、ギャップを埋めていくこともやっていきたいなと考えています。わたしたちのPRの方法にも工夫が必要だな、と。まだまだやりたいことはたくさんありますね。
MTBのコースは、初心者コースから経験者コースまで現在は7つ用意をしているので、ぜひチャレンジしてみてください。
ゆるい傾斜で初心者が楽しめる「ラウンザベース」、林業が盛んだった時期に使用していたトロッコ道を再利用した「ディープフォレストクリーク」、乗鞍岳の火山活動によって飛んできた火山岩を乗り越えて走る乗鞍らしいらしいトレイル「キングオフロックス」など、経験値によって選んでいただけます。
ガイドがついているので、女性や初心者の方も安心してたのしんでいただけますよ。乗鞍高原の大自然に囲まれた中で走るたのしさを、はやく体験してもらいたいです。
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サステイナブルな観光地づくりを実現し、「ゼロカーボンパーク」の全国第一号として登録された、中部山岳国立公園の乗鞍高原地域。
四季折々の自然を日々たのしむことができ、「自然にかえる」体験ができる場所。
乗鞍トレイルをきっかけに、あたらしい旅のたのしみ方としてMTBトレイルが広がり、きっとまた乗鞍に心奪われる人が増えていくのだろう。
ライター/写真:中 美砂希